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最高裁判所第三小法廷 平成5年(オ)947号 判決

上告人

辻川正代

右訴訟代理人弁護士

和田誠一郎

被上告人

辻川裕子

辻川淑子

辻川恵子

右三名訴訟代理人弁護士

酒井武義

主文

原判決を破棄する。

本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人和田誠一郎の上告理由一の4について

一  原審の確定した事実関係は、次のとおりである。

1  辻川正久は、平成二年六月二九日、すべての財産を上告人に包括して遺贈する旨遺言した。

2  辻川正久は、平成二年七月七日死亡した。同人の法定相続人は、妻である被上告人辻川裕子並びに子である被上告人辻川淑子、同辻川恵子、上告人及び辻川修平である。

3  辻川正久は、相続開始の時において、第一審判決別紙物件目録の本件不動産の項の一ないし二九記載の不動産(以下「本件不動産一」などという。)及び同目録の売却済み不動産の項の(一)、(二)記載の不動産(以下「売却済み不動産(一)」などという。)を所有していた。

4  被上告人らは、上告人に対し、平成三年一月二三日到達の書面をもって遺留分減殺請求権を行使する旨の意思表示をした。

5  平成二年一二月一八日、本件不動産六ないし八につき、平成三年二月七日、本件不動産二、五及び二八につき、それぞれ相続を登記原因として上告人に所有権移転登記がされ、また、同日、本件不動産二九につき上告人を所有者とする所有権保存登記がされた。

6  上告人は、被上告人らから遺留分減殺請求権を行使する旨の意思表示を受けた後、同人らの承諾を得ずに、売却済み不動産(一)を三億二七三二万〇四〇〇円で、同(二)を七二三七万五〇〇〇円で、それぞれ第三者に売り渡し、その旨の所有権移転登記を経由した。

二  被上告人らの本件請求は、遺留分減殺請求により被上告人らが本件不動産一ないし二九につき、本件の遺留分の割合である二分の一に各自の法定相続分のそれを乗じて得た割合の持分(被上告人辻川裕子は四分の一、同淑子、同恵子は各一六分の一の割合の持分)を取得したと主張して、本件不動産一ないし二九につき右各持分の確認を求め、かつ、本件不動産二、五ないし八、二八及び二九につき、遺留分減殺を原因として、右各持分の割合による所有権一部移転登記手続を求めるものである。なお、被上告人らからは、前記一3記載の不動産のほか普通預金債権、預託金債権等の相続財産が存在する旨の主張がされており、上告人からも、第一審判決別紙相続債務等目録記載の相続債務の存在等が主張されている。

三  原審は、前記事実関係の下において、次のとおり判示して、被上告人らの請求を認容した。

1  上告人は、遺留分減殺の意思表示を受けた後、遺産を構成する売却済み不動産(一)、(二)を第三者に合計三億九九六九万五四〇〇円で売却し、その旨の所有権移転登記を経由したことにより、遺留分減殺請求により被上告人らに帰属した右各不動産上の持分を喪失させたから、被上告人らは、上告人に対し、右持分の喪失による損害賠償請求権を有する。

2  被上告人らは、本訴において、右各損害賠償請求権と上告人が相続債務を弁済したことにより被上告人らに対して有する各求償権とを対当額で相殺する旨意思表示した。上告人が弁済したとする相続債務の額に被上告人辻川裕子は四分の一、同淑子、同恵子は各一六分の一の割合を乗じて求償権の額を算定すると、その額が右各損害賠償請求権の額を超えないことは明らかであるから、右求償権は相殺により消滅したというべきである。

3  そうすると、上告人主張の相続債務は、遺留分額を算定する上でこれを無視することができ、したがって、負担すべき相続債務の有無、範囲並びに相続財産の範囲及びその相続開始時の価額を確定するまでもなく、被上告人らは、遺留分減殺請求権の行使により、本件不動産一ないし二九につき、本件の遺留分の割合である二分の一に各自の法定相続分のそれを乗じて得た割合の持分を取得したというべきである。

四  しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

1  遺贈に対して遺留分権利者が減殺請求権を行使した場合、遺贈は遺留分を侵害する限度において失効し、受遺者が取得した権利は遺留分を侵害する限度で当然に遺留分権利者に帰属するところ、遺言者の財産全部の包括遺贈に対して遺留分権利者が減殺請求権を行使した場合に遺留分権利者に帰属する権利は、遺産分割の対象となる相続財産としての性質を有しないものであって(最高裁平成三年(オ)第一七七二号同八年一月二六日第二小法廷判決・民集五〇巻一号一三二頁)、前記事実関係の下では、被上告人らは、上告人に対し、遺留分減殺請求権の行使により帰属した持分の確認及び右持分に基づき所有権一部移転登記手続を求めることができる。

2 被相続人が相続開始の時に債務を有していた場合の遺留分の額は、民法一〇二九条、一〇三〇条、一〇四四条に従って、被相続人が相続開始の時に有していた財産全体の価額にその贈与した財産の価額を加え、その中から債務の全額を控除して遺留分算定の基礎となる財産額を確定し、それに同法一〇二八条所定の遺留分の割合を乗じ、複数の遺留分権利者がいる場合は更に遺留分権利者それぞれの法定相続持分の割合を乗じ、遺留分権利者がいわゆる特別受益財産を得ているときはその価額を控除して算定すべきものであり、遺留分の侵害額は、このようにして算定した遺留分の額から、遺留分権利者が相続によって得た財産がある場合はその額を控除し、同人が負担すべき相続債務がある場合はその額を加算して算定するものである。被上告人らは、遺留分減殺請求権を行使したことにより、本件不動産一ないし二九につき、右の方法により算定された遺留分の侵害額を減殺の対象である辻川正久の全相続財産の相続開始時の価額の総和で除して得た割合の持分を当然に取得したものである。この遺留分算定の方法は、相続開始後に上告人が相続債務を単独で弁済し、これを消滅させたとしても、また、これにより上告人が被上告人らに対して有するに至った求償権と被上告人らが上告人に対して有する損害賠償請求権とを相殺した結果、右求償権が全部消滅したとしても、変わるものではない。

五  そうすると、本件では相続債務は遺留分額を算定する上で無視することができるとし、負担すべき相続債務の有無、範囲並びに相続財産の範囲及びその相続開始時の価額を確定することなく、被上告人らは本件各不動産につき本件の遺留分の割合である二分の一に各自の法定相続分のそれを乗じて得た割合の持分を取得したとした原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法が判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。その趣旨をいう論旨は理由があり、その余の点を判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そして、右の点につき更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すことにする。

よって、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官千種秀夫 裁判官園部逸夫 裁判官可部恒雄 裁判官大野正男 裁判官尾崎行信)

上告代理人和田誠一郎の上告理由

一 原判決は遺留分に関する基本的な誤解があり又判例違反の違法がある。

1 判例違反について

(イ) 包括遺贈があった場合、包括受遺者は相続人と同一の権利義務を有するものとされているから(民法九九〇条)、包括遺贈が共同相続人の一人に対してなされた場合には、遺言によってその者に包括遺贈の割合に応じた相続分の指定がなされたものと同視することができる。

ところで、遺言により相続分の指示がなされた場合において、これによって共同相続人中に遺留分を侵害される者があり、当該相続人が右相続分の指定につき遺留分減殺の意思表示をしたときは、右相続人は、自己の遺留分を充たす限度までその相続分を回復し、これに伴い、減殺請求をされた他の相続人の相続分も修正され、この結果、各相続人は右遺留分減殺請求によって修正された割合による相続分を有することとなるが、右の修正された相続分は、あくまで全遺産の上に有する抽象的な相続分にとどまり、減殺請求をした相続人あるいは他の相続人が、直ちに遺産を構成する個々の財産について修正された自己の相続分割合による具体的な共有持分権ないし準共有持分権を取得するものではない。

このような場合に遺産を構成する個々の財産の具体的な帰属を確定するためには、右の修正された相続分に従って、法律の定める遺産分割の手続きを経ることが必要である。

東京地裁昭和六三年(ワ)第六〇一号事件平成三年五月一〇日判決、(家庭裁判所月報四三巻九号四六頁)その他判例もこの理を認める。

しかるに原判決は以下のとおりこれを無視しており判例違反は否めない。

1 この点につき原判決は「本件においても被上告人の請求は具体的持分権を前提とするものではない」という。

しかし被上告人は本件においては具体的共有持分権を主張されていると解される。

すなわち被上告人・上告人間の本件遺産をめぐる別訴(乙第二ないし五号証)において、被上告人は明らかに具体的持分権を前提とした共有物分割請求訴訟や不法行為に基づく損害賠償請求を自ら提起されており現在も訴訟が係属中である。

かつ被上告人代理人自身も、かねて本件口頭弁論期日において、本件訴訟に勝訴した場合には直ちに本件物件につき共有物分割請求訴訟を提起すると主張されている。

これらのことから被上告人の本件主張も具体的持分権を前提としているといわざるを得ない。

又、そう解しないと本件遺産をめぐる被上告人が自ら提起した別訴との統一的解決が出来ない。原判決は右の点を等閉視しており不当である。

2 さらに、原判決自身も具体的持分権を前提としているといわざるを得ないのである。

すなわち原判決は左のとおり判示する。

「被控訴人らが、本訴において、右各損害賠償債権をもって控訴人の有する後記求償権と対当額で相殺する旨の意思表示をしたことは、記録上明らかである。そうすると、控訴人がその主張の相続債務等の支払に関し被控訴人らに対し各法定の遺留分割合に応じた求償権(合計金額三二一〇万七一八二円)を有するとしても、右求償権の額が右損害賠償債権の額を超えるものでないことは明らかであった、右求償権は右相殺により消滅したというべきであるから、控訴人主張の相続債務等は遺留分算定上控除の対象から除外すべきことになる」。

しかし右のごとく「相殺」を根拠とすることは具体的持分権を前提にしているとしか考えられない。

さらに原判決は、上告人が本件の一部不動産を売却したことにつき被上告人の具体的な損害額を計算し求償権として金三二、一〇七、一八二円を確定している。

しかし抽象的持分権を前提とする限り矛盾しているといわざるを得ない。

(ロ) 以上のとおりであり原判決は本件持分権を場合により具体的持分権として扱い、いわば使いわけているのであり不当である。

2 又仮りに被上告人の請求が抽象的持分権にあるとすると、その請求の根拠は当然「遺留分」である。

ところが被上告人らに遺留分があることは法律上当然のことであり上告人も全く争わないところである。

したがって抽象的持分権があることの確認を求める訴の利益がない。

このことを全く度外視した原判決は重大な法令違反があり破棄されるべきである。

もっともこのことにつき原判決は「上告人が一部不動産を処分しているから確認の利益がある」としている。

しかし、この理をすすめると、盗難にあうから所有権確認の利益があるということになり明らかに不当である。

本件においては確認の訴ではなく登記請求ないし損害賠償といった通常の「給付訴訟」によることができるのでありそうすべきである。

右の点を見誤った原判決は民事訴訟法の基本を誤ったものといわざるを得ない。

3 又原判決は前述のごとく不法行為の損害額を確定している。

しかしその計算根拠がそもそも不明確である。

なぜ原判決のごとく被上告人の損害が評価計算出来るのかけっして主張も立証もなく原判決には理由もない。

やはり物件に対する客観的評価が必要である。

4 さらに原判決は相続債務を全く度外視している。

しかし遺留分を確定するためにはやはり相続財産の客観的評価とともに相続債務の確定が必要なのは論をまたない。

本件において相続債務があることは乙第一号証からも明らかである。

特に原判決のごとく数字のバランスを判決の理由としている場合、なぜその数字が計算可能なのか根拠を示すべきである。

5 なお原判決は上告人が不動産の一部を売却したことをことさら上告人に不利益に判断していると考えられる。

しかしながら右売却の理由は上告人において多額の相続債務を直ちに支払わねばならない為やむを得ず売却したものである。

上告人は無職の主婦でありこれ以外には方法がないのである。

又、処分したのは多数ある遺産のうちほんの僅かである。

これを処分したからといって被上告人の取分がなくなるおそれは皆無である。

被上告人のこれまでの主張はことさら本件事実を紛糾させようと誇張された表現になっており(又すべての裁判は被上告人から提訴されている)これに原判決は引きづられたと考えられるが不公平であることを付言する。

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